ブログ2019.02.19

日本フットサル三国志 第1章フットサルの原点 その8「する」スポーツと「みる」スポーツ

木暮知彦

その8 「する」スポーツと「みる」スポーツ


PUMACUP

 2019年2月1日、サッカー協会のエンジョイフットサルサービス終了のニュースが流れた。一方、2月5日、第24回全日本フットサル選手権の組み合わせ抽選会の模様が、JFAテレビで流れ、全32チームのトーナメントの組み合わせが決まった。

 筆者が皮肉な結果と捉える背景には「するスポーツ」、「みるスポーツ」の対比を見たからである。スポーツには「するスポーツ」と「みるスポーツ」があることは昔から議論されてきたテーマで、いわゆるスポーツマーケティングの手法の中で「みるスポーツ」すなわち興行としてのスポーツが盛んに議論されるようになった。にわか勉強になるが、スポーツマーケティングという言葉の発祥はアメリカで1979年、公共施設の予算削減のために外部の資本を導入しようということから始まったとされる。そして、大きく実を結んだのは、1984年に開催されたロサンジェルス・オリンピックで、広告宣伝の権利料、独占放送権の販売、オリンピックグッズの販売などが行われたという。当時の手法は今でも引き継がれ、スタジアムの名称命名権、スポーツベッド(スポーツを対象にした賭け事)、電子チケット、価格変動制チケットなど留まること知らないほどマーケティング手法は進化し続けている。最近では、スポンサー収入の依存度を下げ、入場料でいかに収益を上げるかいわゆるCRMによる顧客の囲い込みが熱心に研究されている。

 フットサルの分野では、2017年12月の東洋経済オンラインにライターの瀬川泰佑が「するスポーツ」で人気を博したフットサルが、「みるスポーツ」のFリーグでは人気低迷の現状を対比させて分析している。そして24回を数える今回の全日本フットサル選手権は「みる」スポーツの範疇に入り、なんだかんだ言っても続いている。

 一方、「するスポーツ」の方はどんな状況か。2015年、スポーツ庁が発足、その基本計画には「する人」、「みる人」、「ささえる人」を重視し、日本の新しいスポーツ文化を確立すると記され、「するスポーツ」の環境整備、スポーツ施設の充実などがようやく言及されるようになった。具体的にはその基本政策で「ライフステージに応じたスポーツ活動の推進とその環境整備を行い、成人のスポーツ実施率を週1回以上が65%程度、週3回以上が30%程度になることを目指す。」と目標を定めている。高齢化社会の到来により、病気を未然に防ぐための「するスポーツ」の役割が脚光を浴びているのだ。
 「するスポーツ」の分野での民間資本の導入のケースとして典型的な例はスポーツメーカーの支援、スポンサードである。例えば、競技用のユニフォーム、シューズ、ボール、スポーツ飲料などスポーツ関連メーカーは該当スポーツの「する人」の人口を増やすために、様々な大会の開催を支援、メディアを使って流行を起こしてきた。その結果、テニスブーム、バレーボールブーム、マラソンブームなどが起き、一時、関連スポーツメーカーは潤ったものである。ところがメーカー依存には限りがあり、いつかブームは去り、一定的な人口に落ち着くものである。
 かといって、「するスポーツ」では入場料ならぬ参加費だけで収益を上げるのは難しい。なぜなら、競技スペースあるいがイベント開催数には限りがあり、それ以上には収益は見込めないからである。簡単な話、サッカーを「する」人は2チーム22人であるが、「みる」人は大きなスタジアムでは5万人の観客を集めることができ、「みる」スポーツはやりようによってはコストパフォーマンスが良いのだ。
 むろん、「するスポーツ」は「する」人自らの参加料だけで楽しめばよく、費用のかかる設備、仕組み、大会など必要ないという意見もある。しかしながら、スポーツの楽しみ方は千差万別であって制限するものではなく、「みるスポーツ」に値するほどのレベルではなくとも、上手くなりたい、チーム共同作業の成果を実感したい、その結果を家族や友人に見てもらいたいというニーズはスポーツの根源である。と考えると「するスポーツ」といえ、それなりの大会、全国レベルの大会は必要不可欠である。
 しかしながら、フットサルの分野でいうと、「する人」達のニーズを叶えてあげる唯一の公式大会といってもいいエンジョイフットサル大会がなくなってしまったことは非常に残念なことである。実際、エンジョイフットサルの管轄のもう1つの大会、本田技研工業のスポンサーで成り立っていた2008年から続いていた「ホンダカップ」は、本田の協賛終了にともない昨年は「フットサルフェスタ」と名称の変更を余儀なくされた。
 現在、いわゆる「する」人達向けの全国レベルの大会は、大学生向けの「AIDEM」カップ(2012年から継続、今年の7月からエントリー開始)、小学生向けの「EXILE」カップ(2010年から継続、今年はまだ開催要領は発表されていない)、前述した「フットサルフェスタ」(ホンダカップは2008年から続き1昨年で終了、今年はまだ開催要領は発表されていない)、そして、日本フットサル施設連盟主催の「日本フットサル施設連盟選手権」(2010年より継続、エントリー中、今年の3月から開始)などがある。

 エンジョイフットサルが終了したことは残念なことであるが、この際、「するスポーツ」の全国レベルの大会を継続するために、フットサルを「する」人達が何を求めているのか、何に喜びを感じているのか、何に不満を感じているのかそれこそマーケティングの原点に立ち戻り、分析を行い、新しい大会サービスを創出する必要があるのではないだろうか。 
 さて、今回の写真は前回が第1回の全日本選手権のカップだったので、今回は2005年の第10回大会からPUMAがスポンサーになり、PUMAカップとも称されようになったPUMAカップそのものにしよう。残念ながら2015年の第20回大会がPUMAカップの最後になった。しかし、10年も続いたのである。

次回は、「する」フットサルの舞台である日本で初めての人工芝フットサル誕生物語です。

木暮知彦

木暮知彦

みんサル運営会社のピープルスポーツ株式会社社長。1999年の第1回の関東フットサルリーグ、伝説のスーパーリーグの立ち上げなどに関わった。自らはFIRE FOXの代表として、リーグ優勝、フットサル選手権の優勝を経験した。元フットサル日本代表木暮 賢一郎の父親でもある。

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