ブログ2019.08.02

日本フットサル三国志 第2章 あのチームはどうなった(シャークス) その1 まさか四国に?

木暮知彦

その1 まさか四国に?


プラセール

 2019年3月3日、エコパアリーナにて第24回全日本フットサル選手権のトーナメント1回戦、プラセール(四国代表)対フウガドールすみだ(関東)の試合が行われた。結果は、1-8でプラセールは敗戦、全国大会1回戦敗退であった。

 この四国代表のチームがあのシャークスと関係あるチームと思う人はそうはいまい。 シャークスというチーム自体、どこまで知っている人がいるか?解散したのは2008年、今から11年前のことである。シャークス全盛期の選手といえば、神敬治(エスポラーダ北海道を最後に昨年引退)、松浦英(リガーレ東京)、西野宏太朗(シュライカー大阪、現関東リーグのリガーレ東京監督)、大森茂晴(フウガドールすみだに2014年まで在籍)らが挙げられ、彼らの名前でシャークスを思いおこす人も多いのではないか。

 さて、シャークス編を執筆するにあって、現在に通ずるチームを探したとき、やはり、創設メンバーに縁があるチームがふさわしいと考えた。そこで、シャークス-の創設メンバーといえば、静岡県伊豆の韮山高校サッカー部出身のメンバーであり、石川昌史、岩本健寿、八重樫理人らが挙げられる。そして、プラセールに辿り着いたのである。プラセールは、2005年4月に結成された四国の香川県高松を拠点とする四国リーグに所属するチームである。名前はスペイン語のプラセール、「喜び」、「楽しみ」、「満足」にちなんだという。そのチームのコーチに八重樫理人を見つけたのである。

 といいつつ、実をいうと八重樫氏とは高松で仕事の関係で2、3年前に香川大学を訪問、会っていたのである。八重樫は、香川大学の創造工学部の准教授でシステム関連の応用研究をやっていて、たしか地域の活性化とITについて意見交換をした記憶がある。むろん、シャークス時代に親交はあったわけであるが、プラセールに深く関わっていたとは、この原稿を書くにあたって初めて知ったことである。八重樫は芝浦工大卒、学業のかたわら、フットサルにも力を入れ、プレデター、バンフ名古屋でプレー、縁あって香川大学に着任、現在に至っている。バンフ名古屋でプレーしたのは、学業の関係で豊田工業大学に勤めていたからだという。丁度、バンフ名古屋が名古屋オーシャンズになり、Fリーグに参入しようとしていた頃だという。スーパーリーグから関東リーグ、Fリーグ誕生、シャークス、プレデター、バンフと激動のフットサルの時代を目の当たりに体験しつつ、2足のわらじで学業でも名を成すとはたいしたものである。

 調べてみると、フットサルタイムズのインタビューで八重樫はこう語っていた。

 フットサルタイムズ「四国に居ながらチームを強化する難しさはありますか?」 八重樫監督「僕はシャークスのときに、関東リーグもスーパーリーグも優勝していますし、プレデターのときは日本代表の選手が周りに居たので、黙っていてもモチベーションが上がるためのいろんなものがあった。ここに居ると、フットサルタイムズさんとか、ピヴォ、フットサルナビといった雑誌でしか(情報が)無い。やっぱり体感できないというのは大きなものだと思います。インターネットでいろんな情報は届くが、雰囲気とか肌で感じるものはなかなか届かない。自分が関東・名古屋で感じたものはなかなか無い。目標が見出しにくいかなぁと。ただフットサル環境について言えば、綺麗な体育館だったり、練習(週3~4回)を全部体育館でできたり、関東・関西のチームにしたらうらやましい部分もある。強化という意味では面白いところで監督をさせてもらっていると感じています。浦安の岡山、町田の横山といった元チームメイトがFリーグで監督をしたりしているので、チームのみんなには『選手権に出て、監督同士で握手したい。みんなで連れて行って欲しい』と伝えています」

 この記事は、2011年6月のもので八重樫がプラセールの選手兼監督になって3年目の時である。入団のきっかっけは、香川大学着任のタイミングで,フットサルがしたくなってホームページから連絡したもので、元所属チームの名前を書いたら,スタッフ陣が驚いたそうである。まだ34だったので,「もう一回くらいピッチに立ちたいなぁ.」と選手での参加を希望したのだったが、すぐに監督兼選手を打診され、兼務でスタートしたとのこと。この記事から2年後の2013年に選手権初出場、2019年に2回目出場を成し遂げ、見事、夢を果たしたというわけである。

 改めてこの記事を見つけて、シャークス-の後継、当時の関東リーグの熱気がまさかの四国に引き継がれていたとは、うれしい限りである。

 写真は、ご本人から提供頂いた先ごろの全日本選手権の集合写真にしよう。一番左が八重樫である。

 次回は、冒頭で紹介したプラセールとフウガドールすみだの試合をシャークスとフウガドールすみだに置き換えると、そこには因縁があることを紹介してみたい。お楽しみに。

木暮知彦

木暮知彦

みんサル運営会社のピープルスポーツ株式会社社長。1999年の第1回の関東フットサルリーグ、伝説のスーパーリーグの立ち上げなどに関わった。自らはFIRE FOXの代表として、リーグ優勝、フットサル選手権の優勝を経験した。元フットサル日本代表木暮 賢一郎の父親でもある。

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