ブログ2019.11.05

日本フットサル三国志 第2章 あのチームはどうなった(マルバ) その4 トップチームの今

木暮知彦

その4 トップチームの今


マルバトップチーム

 2002年12月7日8日、マルバ水戸FCは、駒沢体育館で前回執筆したシャークスと第8回全日本フットサル選手権準決勝を戦っていた。勝てば、全日本初出場が決まる。U-15、U-12のお手本にならねばと思ったかどうかはわからないが(笑い)、見事4-2で破ってついに全国大会初出場を決めた。

 残念ながら決勝はカスカベウ(のちのペスカドーラ町田)に3-4で敗れ、関東第1代表にはならなかった。しかし、バーモンドカップに負けないトップチームの面目を保つことになった。

 翌年の2003年2月から本戦が行われたが、マルバはCグループで関西の強豪カンカンボーイズ、山王サッカークラブ(東北第2代表)、MISTURA(北信越代表)と同組となった。残年ながらカンカンボーイズに1-3で敗戦、予選突破とはならなかった。ちなみにこの第8回大会は、ロンドリーナが準決勝でカスカベウを、決勝ではマルバに勝ったカンカンボーイズを破って優勝している。

 続けて、2010年度の第15回大会でも結果を出す。茨城県大会を制したマルバは2010年1月16日から始まる関東予選に臨み、ベスト4まで進んだ。

 ベスト4に残ったチームは、フウガ、マルバ、都予選から勝ち上がったファイルフォックス、ゾットである。まず、ゾットとフウガの準決勝、フウガはなんと力を付けて来たゾットに2-3と破れ、3位決定戦にまわることになってしまった。

 もう1つの準決勝はマルバ対ファイルでこちらはマルバが苦手とするファイルに3-0で勝利、マルバは第1代表で全国大会の切符を手に入れた。3位決定戦はフウガ対ファイルとなり、PK戦のすえ、ファイルが勝利、なんと昨年名古屋オーシャンズにジャイアンツキリングで優勝したフウガは全国大会出場を逃すのであった。

 本戦は2010年3月5日から行われた。マルバはEグループでバルドラール浦安、ステラミーゴ岩手花巻、VEEX KIMURA FUTSAL CLUBと同組でステラミーゴ岩手花巻に引き分けたものの残りは2敗、予選敗退であった。この年の優勝は、シュライカー大阪、準優勝は湘南ベルマーレであった。

 では、関東リーグの方はどんな成績であったろうか。マルバは順位的にはファイルフォックス、カスカベウ、府中アスレティックスなどの強豪に対して中堅の位置付けにあった。

 そんな状況の中、2006年の4月21日、JFAハウスにて、全国リーグ設立&チーム公募の正式発表がなされると中堅のチーム達に微妙な影響を与え始める。発表によれば参加チームの正式決定は2006年11月まで、シーズンスタートは翌年の9月からということであった。

 そして、私的リーグのジャパンフットサルリーグの立ち上げ、スクールの立ち上げなど精力的にフットサルの普及、発展の活動を行っていたマルバの参入が注目された。実際、あるフットサル専門誌にアンケートや予想記事が掲載され、プレデター、府中アスレティックス、カスカベウ、ファイルフォックス、フトゥーロ、ロンドリーナ、シャークス、ブラックショーツ、ボツワナ、小金井ジュールなど実に11チームが参入の意思もしくは前向きに検討すると報じられたのである。むろん、マルバもU-12、U-15のサテライトを持っている強みを強調、参入の意志を示した。

 しかし、実際、9月になってフタを開けてみると、申し込みをしたクラブはプレデター、カスカベウ、ロンドリーナ、府中アスレティックス、シャークスだけで、他クラブは動かなかった。(結果としては府中アスレティックスとシャークスが落選した)

 すでに何度か述べているように、体育館の規格、経営の採算などハードルが高く、そう簡単にエントリというわけには行かないのが実情であった。この結果ということもないが、マルバは急速に関東リーグの順位を落とすことになった。

 まず、2008年の第10回大会(この前の第9回大会からから2部制)は最下位となってしまった。ただし、この年はシャークスが抜けたため、自動降格を免れるのであった。

   翌年2009年の第11回大会は、がんばって3位であった。この年、フトゥーロは最下位で自動降格、第7位のファイルフォックスが入れ替え戦にまわり、辛うじて降格を免れる結果であった。

 しかし、2010年の第12回大会は、再び最下位、今度は2部に自動降格となってしまった。Fリーグが出来て、老舗チームがいなくなり、代わりに新興チームの勢いに押された格好で老舗のチームに異変が起きたということだろうか。

 この結果、マルバは唯一、関東リーグの初回より1部リーグから一度も落ちたことはない記録を持っていたが、ついにその記録は途絶えてしまった。ファイルフォックスはまだ2部に降格はないが、第1回から参加はしていない。府中水元クラブ、ガロ、プレデター、ウイニングドッグ、小金井ジュール、エスポルチ藤沢などの第1回からの強豪チームは、いずれも長い歴史の中で解散、降格、Fリーグ昇格などで消えていったのである。

 しかし、2部も含めた関東リーグ継続クラブはマルバだけなので、是非継続して欲しいものである。

 ちなみに、2016年の第18回大会で2部2位となり、入れ替え戦を制して2017年には1部に復帰した。しかし1年だけで現在は2部に在籍である。

 写真は第15回全日本選手権関東大会のパンフレットに掲載されている集合写真としよう。

木暮知彦

木暮知彦

みんサル運営会社のピープルスポーツ株式会社社長。1999年の第1回の関東フットサルリーグ、伝説のスーパーリーグの立ち上げなどに関わった。自らはFIRE FOXの代表として、リーグ優勝、フットサル選手権の優勝を経験した。元フットサル日本代表木暮 賢一郎の父親でもある。

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