ブログ2020.02.01

日本フットサル三国志 第3章 代表物語 その6 暗中模索の選考会

木暮知彦

その6 暗中模索の選考会


選考会

 前回述べたように、選手自身によるところが大きいが確実に代表候補たちはレベルアップして行った。そして、いよいよ第2回アジア選手権の代表選考会が始まった。

 今でこそ、代表候補は1か所に集められ、そこで候補合宿が行われ、選考を経て日本代表が決まる。簡単に行われているようであるが、そこには、普段のリーグ、大会などで視察を行い、目ぼしい選手を数多くリストアップして、その中から様々な意図をもって合宿に呼ぶ選手を絞り込む仕組みがあるから出来るのである。

 しかし、当時はまだそのような基盤、仕組みは出来ていないものだから、自薦、他薦を含め、全国3か所で選考会が行われた。時期は第5回全日本選手権が終わった2月末から3月末くらいまでで、最初は関西、引き続いて関東、最後はサロンフットボールが盛んな北海道で行われた。ちなみに、第5回全日本選手権はファイルフォックスの2連覇、2位にはアスパ、3位にFC小白川、4位はウイニングドッグであった。

 選考会は、フットサルそのものが発展途上であったこともあって、サッカー選手であったり、ほとんど実績もない選手であったりと玉石混合だったという。この時は、まだ、通年の関東リーグも出来ていなかったから仕方がなかったかも知れない。また、Jリーガー特にラモス瑠偉を呼ぶ呼ばない憶測や12人で行くのか15人で行くのかなど方針がなかなか定まらなかった。まさに暗中模索の代表選考であった。

 ようやく、最終選考の合宿が行われたのは2000年4月13日から3日間、小田原アリーナで行われた。アジア選手権が始まる1か月前であった。結局、ラモス瑠偉は呼ばない、メンバー数も予算の関係で12人と決まったのは、かなり直前のことだったという。最終選考に残った選手は以下の17名で5人が落ちることとなった。

監督:マリーニョ
コーチ:原田理人
GK:定永久男(ファイルフォックス)
GK:金沢信二(NAC FUTSAL CLUB)
GK:高間専一郎(札幌ベアフット・・サッカーチーム)
GK: 小島清人(目黒FC)
FP:須田芳正(目黒FC) 元Jリーガー  浦和レッズ 
FP:相根澄(カスカベウ)
FP:上村信之介(ファイルフォックス)
FP:市原誉昭(カスカベウ)
FP:藤井健太(アスパ)
FP:難波田治(ファイルフォックス)
FP: 前田喜史(カスカベウ): FP:鈴村拓也(ハーバーランド) 元Jリーガー ヴィッセル神戸
FP:安川知宏(アスパ) FP: 渡辺英明(ファイルフォックス)
FP 岩本昌樹(プレデター)
FP: 木暮賢一郎(ウイニングドッグ)

   特筆すべき選考としては、前回コーチだった須田芳正がJリーグ経験を買われて、選手として選ばれたこと、フットサルの経験がほとんどないがJリーグ経験のある鈴村拓也が選ばれたこと、予算が厳しいなか12名選考となったが、キーパーを4名も候補に連ねたことである。

   監督自身がサッカー出身であったことも関係しているかも知れないが、ラモス瑠偉は抜きだったとしても須田、鈴村の起用などサッカー色が拭えない選考であった。また、練習試合の相手も、対戦国にはサッカーチームが多いこともあったが、東海大学サッカー部および筑波大学サッカー部であり、フットサル専門チームが練習相手に選ばれることはなかった。この傾向は、第3回アジア選手権まで続く。

 それでも、曲がりなりにも代表合宿が行われ、しかも、フットサル専門雑誌のピヴォが誕生、合宿の模様が伝えられるようになったことは進歩であった。

 さて、落選したのは、GK小島、FP清野、渡辺、岩本、木暮であった。落選組のインタビューでは、木暮が「おまえはまだ若いからってみんなに言われました」という言葉が印象的であった。この時点で、木暮は20歳、今回(2019年)の代表選考では急ピッチで若返りが進められているが、重要なことである。ちなみに、この時選ばれたGKの高間は18歳で未だ最年少記録は破られていない。

 写真は小田原アリーナで行われた最終選考合宿の1コマとしよう。(ピヴォより)

木暮知彦

木暮知彦

みんサル運営会社のピープルスポーツ株式会社社長。1999年の第1回の関東フットサルリーグ、伝説のスーパーリーグの立ち上げなどに関わった。自らはFIRE FOXの代表として、リーグ優勝、フットサル選手権の優勝を経験した。元フットサル日本代表木暮 賢一郎の父親でもある。

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