ブログ2019.02.07

日本フットサル三国志/第1章 フットサルの原点/その5 8人制サッカーの出現

木暮知彦

その5 8人制サッカーの出現


8人制サッカー競技規則

 サロンフットボールかミニサッカーかの長い論争が終わり、5人制のサッカーとは非なるフットサルが公式に認められて、全日本フットサル選手権が開催されたのは、1996年である。少年の部もその3で述べたように、フットサル選手権と名称変更となった。関東フットサル三国志も1996年の頃から記述はスタートしている。
 しかしながら、1979年に行われた小学生分野においてはミニサッカー大会の6人制のガーデンフットボールや8人制サッカーはローカルには生き続け、U12以下の少年にとっては11人制よりも6人から8人くらいの少人数の方が育成に向いているのではないかという議論は常に行われていた。コートサイズを小さくして交代自由などのルールが前提であるが、子供がボールに触る回数が増える、攻守の切り替えが早くなり多様な戦術・工夫が生まれやすい、交代自由から出場機会が増え、全力でプレーができる、少子高齢化に対応して少ない人数でもチームが作れる、場所の有効活用などのメリットが叫ばれていたのである。
 恐らく、サッカーの人気が高まり、少子高齢化などの社会的なニーズとあいまって、昔よりは現実味を帯びてきたのであろう、ついにサッカー協会は2011年の全国少年サッカー選手権大会より8人制サッカーを導入した。主なルール変更はメンバーが8人は当然だが、交代自由、コートサイズは大人の約半分、3ピリオド制を採用してもよい、ただし、キックインではなくスローイン、ボールは少年サッカーの4号球などである。面白い点はミニサッカーとは名乗らず、あくまでサッカーであり、ルールのみをU12前提の8人制ルールを適用したことである。正式にはJFAU12全日本サッカー選手権大会と言うが、ミニサッカーと名前を変えるとまた混乱が起きると考えたのであろう。

 ところが思わぬ波紋が起きた。それはJFAU12全日本フットサル選手権との競合問題である。なぜなら、少年時代はサッカーもやればフットサルもやるし、両方の選手権に参加するクラブもあるからである。時期が重なると両方は出場できない課題が生じ、一時期は小学5年生主体でフットサル大会に出場するといった議論も行われた。だが、これは時期を調整することで解決できた。以前は夏がサッカー大会、冬がフットサル大会であったが、今は夏がフットサル大会、冬がサッカー大会となっている。

 さて、8人制が定着してから今年は8年が経過、当時U12だった少年が今や20歳、現在、日本代表で最年少ゴールを決めた堂安律は8人制サッカー育ちだというから、効果が出始めているのかも知れない。 5人制か8人制か人数の違いはあるが、狭いスペース、少ない人数で交代自由、ボールに触る機会を増やし、攻守の切り替えを早くするなどの点はフットサルも8人制サッカーも同じであり、フットサルが原点にあるのだと思う。要は、環境や年代によって使い分ければ良いのである。

 ようやく、小学校の分野では5人制フットサルと8人制サッカーで切り分けが出来たように思われたが、突然新たな論争が起きた。それは、ほぼ10年毎に改定される小学生学習指導要領に関するものである。これは次回のお話に。

 今回の写真はサッカー協会が定めた8人制サッカーのルールブックにしよう。サロンフットボールでもなく、ミニサッカーでもなく、サッカーでもない8人制サッカーのルールブックである。珍しいと言えば、珍しい。

木暮知彦

みんサル運営会社のピープルスポーツ株式会社社長。1999年の第1回の関東フットサルリーグ、伝説のスーパーリーグの立ち上げなどに関わった。自らはFIRE FOXの代表として、リーグ優勝、フットサル選手権の優勝を経験した。元フットサル日本代表木暮 賢一郎の父親でもある。

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