ブログ2019.10.07

日本フットサル三国志 第2章 あのチームはどうなった(マルバ) その1 バーモントカップ

木暮知彦

マルバ千葉

 2019年8月12日、第29回全日本U12フットサル選手権大会が駒沢体育館で行われた。準決勝、決勝戦である。U12フットサル選手権といえば、「第1章 フットサルの原点 その4 ガーデンフットサル」で取り上げたが、第1回開催が1991年で当時は全日本少年ミニサッカー大会と呼ばれていた。あれから、28年が経過し、歴史ある大会となった。

 さて、その準決勝は珍しい組み合わせの試合となった。駒沢体育館の方は、マルバ千葉fc(千葉県)対ブリンカールFC(愛知県)、駒沢屋内球技場の方は、マルバ茨城fc対北海道コンサドーレ札幌U12(北海道)と、両方ともマルバのU12チームが準決勝まで勝ち上がって来たのである。これは特筆もので、同じ母体の2チームが準決勝まで進み、あわよくば決勝で兄弟対決みたいなことになったかも知れないのである。

 むろん、このマルバが今回の主役のマルバであるが、実際、筆者がこの試合を見に行ったときには、懐かしい関東リーグの選手達が監督、コーチを務めていた。つまり、マルバのあのチームはどうなったかというとマルバのU12のチームにしょうと思う。というのも、関東リーグに限ったことではないが、地域リーグの強豪チームの1つの完成形にスクールがあり、将来のサッカー、フットサル選手を育成するモデルがあると見たからである。

 筆者が見た準決勝、マルバ千葉とブリンガールの模様をちょっとレポートしよう。まず、驚いたことは、これが少年のフットサルの試合かと思うほどお互い洗練された戦いぶりで、個人の技術力もさることながら組織的な動きには感嘆させられた。数年前に見た同じ大会では、ロングボールが横行し、前線に待ち構えている大型選手がこれを受けてゴールに蹴り込むシーンが多く見られたものである。実際、筆者が関東フットサル三国志を書いているフットサルエッジのサイトにて、2016年8月、フットサルライター本田好伸氏は「投げ合いから蹴り合いへ・・」と題してバーモントカップの現状を嘆き、反響を呼んだこともある。

 試合の方は、マルバ千葉は試合の入りが硬かったか、4分、5分とブリンカールの10番宮川陸斗(リクト)に決められ、2点先行を許す。どうやら、この選手が相手チームのエースのようである。実際、あとでわかったことであるが、優秀選手に選ばれた。さすがに、タイムアウトを取り、落ち着きを取り戻したマルバ千葉が反撃に出る。タイムアウト直後に8番篠塚怜音(レオ)がゴールを挙げると、続く8分、今度は千葉のエース10番中屋光廉(アレン)が同点ゴールを決めて、あっという間に追いつく展開となった。両者とも、エースにボールを集めつつ、しかし、単調にはならず、どこからでも攻撃を仕掛けるスリリングな展開となった。つまり、頭の良いフットサルを見せたのである。前半は2-2の互角で終了した。しかし、後半に入ると地力に勝るブリンカールが徐々にリードを見せる。

 実をいうと、両者は4年前の25回大会の決勝で対戦していて、3-5でマルバは敗れている。また、この時もマルバ千葉、マルバ茨城両チームが準々決勝まで進出、マルバ茨城はブリンカールに敗れている。

 そして、後半5分、ついにブリンカール宮川がハットトリックとなる3点目を決め、再びリードを奪う。すると、ブリンカールは宮川を休めるためか、ベンチに温存したのである。ところが、これがかえってマルバのリズムを狂わせた。守りの焦点がぼけたか、ブリンカールのダブルエースとも言われる7番荻野 改斗(カイト)に追加点を許してしまう。気を取り直して懸命に攻めたが、時すでに遅く、結局2-5で敗戦となってしまった。

   一方のマルバ茨城も北海道コンサドーレ札幌に1-4で敗れ、こうしてマルバは両チーム同時3位で29回大会を終えることなった。それでも、マルバは2007年に初優勝、2011年、2015年準優勝、2017年3位に加え。今回、両チーム同時3位の勲章を手に入れた。

 このように輝かしい実績を残すマルバであるが、U12はクラブチームではない。マルバのサッカースクール生であって、選抜チームを組んで毎年出場している。サッカースクールの創始者は浅野智久で、関東リーグのマルバの元選手であり、日本代表にも選ばれたこともある実績の持ち主である。したがって、スクールのコンセプトにはサッカーとフットサルの融合があり、個人技を重視する姿勢がある。

 それでは、ここに至るまでどんな道筋あったのか、次回から紐解いていくことにする。

 写真の方は、マルバ千葉3位の集合写真としよう。(マルバスクールの集合写真より)

木暮知彦

木暮知彦

みんサル運営会社のピープルスポーツ株式会社社長。1999年の第1回の関東フットサルリーグ、伝説のスーパーリーグの立ち上げなどに関わった。自らはFIRE FOXの代表として、リーグ優勝、フットサル選手権の優勝を経験した。元フットサル日本代表木暮 賢一郎の父親でもある。

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